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はじめに
猫は加齢に伴い腎臓の機能が少しずつ低下しやすく、特にシニア期には慢性腎臓病の発症が増えます。腎臓は老廃物の排出や体液バランスの調整など重要な役割を担うため、機能低下が進むと食欲不振や体重減少、嘔吐、口臭、脱水など生活の質に直結する変化が現れます。しかも慢性腎臓病は完治が難しく、「進行を遅らせ、症状を和らげる」ための長期的な管理が基本となるため、通院・投薬・点滴・食事療法など年間で数万円〜数十万円規模の費用が生じることも珍しくありません。本記事では、症状の見分け方から診断の流れ、治療の選択肢と費用相場、在宅ケアや費用を抑える工夫、保険を検討する際の注意点までをまとめて解説します。金額は一般的な目安であり、病院・地域・症状により異なる点をご理解ください。
猫の腎臓病とは?(急性と慢性)
腎臓病は大きく急性腎障害と慢性腎臓病に分かれます。
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急性腎障害:中毒・感染・外傷・脱水などが引き金で短期間に機能が落ちる状態。適切な治療で回復する可能性がある反面、対応が遅れると命に関わることも。
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慢性腎臓病:時間をかけて腎組織が損傷し、機能がじわじわ低下していく疾患。完治は難しいものの、早期発見と管理で進行を緩やかにできることが多い。シニア猫で頻度が高い。
よくある症状
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水をよく飲む/尿量が増える(多飲多尿)
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食欲低下、体重減少、毛づやの低下
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嘔吐・下痢、元気消失、口臭(尿毒症由来のにおい)
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進行すると脱水、貧血、高血圧、電解質異常など
症状は他疾患と重なるため、検査による評価が欠かせません。
診断の流れと評価項目
腎臓病の確定や重症度判定には、以下の検査を組み合わせます。
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問診・身体検査:飲水・排尿回数、食欲、体重の推移、口腔・被毛の状態。
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血液検査:BUN、Cre(クレアチニン)、SDMA、電解質、PCV/Ht(貧血の評価)など。
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尿検査:尿比重、蛋白尿、沈渣。尿蛋白/クレアチニン比(UPC)で腎障害の程度を補足。
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画像検査:腹部エコーで腎臓の形態や尿路の異常を確認。必要に応じてX線。
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血圧測定:腎臓病では高血圧を伴いやすく、網膜出血などの合併症リスクを評価。
ステージ分類
しばしばIRIS分類(国際腎臓学会のガイドライン)が参照され、CreやSDMA、蛋白尿、高血圧の有無など総合的にステージ1〜4で評価します。
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ステージ1:検査異常は軽微。臨床症状に乏しいが経過観察と生活管理が重要。
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ステージ2:軽度の症状が出始め、食事療法や補助療法を開始。
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ステージ3:嘔吐・食欲低下・貧血など全身症状。点滴や薬物療法が中心に。
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ステージ4:腎不全状態。入院加療や集中的治療が必要になることも。
治療法の全体像(目的は「進行抑制」と「QOL維持」)
慢性腎臓病は治す病気ではなく、付き合う病気。治療は「合併症のコントロール」「脱水の回避」「栄養管理」「高血圧・蛋白尿の軽減」を柱に進めます。
1)食事療法(療法食)
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リン・ナトリウム制限、適切なたんぱく制限、オメガ3脂肪酸などを考慮したフードを継続。
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切り替えは数日〜数週間かけて段階的に。嗜好性が落ちたらウェット併用や温める工夫も。
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費用目安:ドライ(2kg前後)3,000〜5,000円、ウェットは1パウチ100〜200円。月5,000〜1万円程度。
2)薬物療法
症状・検査所見に応じて組み合わせます。
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リン吸着剤:食餌からのリン吸収を抑制。
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制吐剤・胃粘膜保護:嘔吐や胃腸症状の軽減。
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ACE阻害薬/ARB:蛋白尿・高血圧の改善を狙うことがある。
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造血関連薬:貧血が進む場合に検討。
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腎性高血圧の降圧薬:臓器保護の観点から重要。
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費用目安:薬の種類・用量で差が大きいが月1,000〜5,000円程度から。
3)補液(点滴)療法
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皮下点滴(在宅可):脱水是正・尿毒素の希釈。病院で指導を受ければ在宅管理も可能。
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費用目安:在宅1回1,000〜3,000円、通院1回5,000〜8,000円。
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静脈点滴(入院):急性悪化時や全身状態が悪いときに短期集中的に実施。
4)合併症の管理
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高血圧:網膜や脳・心臓・腎臓へのダメージを防ぐ。
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電解質異常(カリウム・リン・カルシウム):筋力低下や心機能に影響。
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口腔トラブルや便秘:QOLを左右。こまめなケアや投薬で悪循環を断つ。
費用相場と年間の目安
金額は病院や地域で差がありますが、目安として以下が参考になります。
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初診+検査:血液・尿・エコーの組み合わせで1万〜2万円前後。
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薬物療法:月1,000〜5,000円。種類が増えると加算。
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在宅皮下点滴:1回1,000〜3,000円。頻度に比例して増加。
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通院点滴:1回5,000〜8,000円。週1〜数回なら月2万円以上も。
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食事療法:月5,000〜1万円。
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入院治療:1回2万〜10万円以上(脱水・急性増悪など)。
年間シミュレーション(例)
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ケースA:早期軽症(Stg1–2、主に食事+少量投薬)
食事6〜12万円/年+検査・診察2〜4万円=年8〜16万円。 -
ケースB:中等症(Stg3、在宅点滴+投薬+定期検査)
在宅点滴(月4〜8回×2,000円平均)=年10〜20万円、食事6〜12万円、投薬1〜5万円、検査3〜6万円 → 年20〜40万円。 -
ケースC:重症(Stg4、通院点滴・入院を繰り返す)
通院点滴(週1〜3回)や入院で年50万円以上に達することも。
在宅ケアと生活管理の実践ポイント
飲水量アップの工夫
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循環式給水器を活用/水皿を複数設置/ウェットフード併用/スープ状にして与える。
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嗜好に合わせて容器の材質や水温を微調整。**「飲める状況を増やす」**のが鍵。
フード切替と投薬のコツ
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突然の切替は拒否の原因。元のフードに少しずつ混ぜる「移行期間」を。
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投薬はおやつやピルポケット、粉にして少量のペーストに混ぜるなど個体差に合わせる。
トイレ・環境整備
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清潔維持とトイレ数=頭数+1を目安に複数設置。
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段差の少ない生活動線、静かな休息スペースを確保しストレスを軽減。
通院・検査の間隔
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早期〜中等症:1〜3か月ごとに経過確認。
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状態変化や食欲低下があれば前倒し。「いつもと違う」を放置しない。
飼い主の費用体験談
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16歳・メス・ミックス種:週1–2回の通院点滴と降圧薬で維持。年間約28万円。食欲の波で制吐剤を一時追加。金額面以上に猫が苦しそうで、投薬を中止。痛み止めのみの終末医療に切り替え1年程度後虹の橋を渡る。
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17歳(推定)・メス・ミックス種:再三の脱水で短期入院を複数回。年間50万円超。入院を機に在宅点滴へ切替え、その後は出費がやや安定。
※上記は編集部のヒアリングを元にしたイメージで、個別の治療方針・費用は獣医師の判断により異なります。
費用を抑える10の工夫
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早期発見:シニアは年1–2回の健康診断を継続。
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在宅点滴:指導を受けて自宅で実施できれば通院費を圧縮。
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フードのまとめ買い:適切な保管で単価を下げる。
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ジェネリック薬の相談:可能な薬は費用面でメリット。
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検査の優先順位を相談:状態に応じ、必要な頻度を見直す。
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多頭飼いの工夫:療法食の盗み食いを防ぐため食餌管理を分け、無駄を減らす。
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水分摂取の最適化:飲水器・ウェット併用で点滴頻度を下げられる場合も。
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季節対策:夏の脱水・冬の飲水低下を見越し、早めに環境調整。
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家族で役割分担:投薬・在宅点滴の習熟を共有し通院回数を削減。
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見積もりとセカンドオピニオン:費用と方針を比較し、猫に合う選択を。
ペット保険の考え方
腎臓病の補償可否や範囲は保険会社・プランにより異なります。
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加入前に診断・治療歴がある場合は対象外になるのが一般的。
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加入後の発症でも、慢性疾患の補償有無・通院/入院/手術の支払割合・1日/年間上限、免責金額、更新条件(高齢時)など約款の細部で実質負担が大きく変わります。
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本記事は特定の保険を推奨するものではありません。加入・継続の判断は約款・重要事項説明書の確認と、獣医師・家計状況に基づく総合判断をおすすめします。
受診の目安チェックリスト
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水を飲む量・尿量が増えた/トイレの回数が明らかに変わった
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食欲が続けて落ちた/体重が減ってきた
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嘔吐が増えた/毛づやが悪い
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元気がない/口臭が強い
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シニア期(7歳以上)で健康診断を1年以上受けていない
→ 1つでも当てはまれば受診推奨。早期の評価が、その後の費用とQOLを左右します。
よくある質問(FAQ)
Q1:若い猫でも腎臓病になりますか?
A:多くはシニアで増えますが、若齢でも発症はゼロではありません。遺伝的素因や他疾患の影響、中毒・脱水などが誘因になることもあります。違和感があれば年齢に関わらず受診を。
Q2:どれくらいの頻度で検査すべき?
A:健康時は年1–2回、腎臓病と診断後は状態により1〜3か月ごとが目安。脱水・食欲不振など変化があれば前倒しで受診してください。
Q3:療法食は生涯続ける必要がありますか?
A:基本は長期継続を前提にします。嗜好性が落ちたらウェット併用や温めるなど工夫を。自己判断で通常食に戻すのは避け、獣医師と相談を。
Q4:在宅皮下点滴は難しい?
A:最初は戸惑いますが、手順を習えば多くの飼い主が実施可能です。衛生管理や針の扱い、量と速度など最初に病院でしっかり指導を受けましょう。
Q5:高血圧はなぜ問題?
A:腎臓病では高血圧を合併しやすく、眼・脳・心臓・腎臓に追加ダメージを与えます。定期的な血圧測定と降圧薬の調整が臓器保護に重要です。
Q6:サプリメントは有効?
A:リン吸着や腸内環境をサポートするものなどが使われることはありますが、医師の治療を置き換えるものではありません。導入は獣医師と相談を。
Q7:費用が心配で通院を控えるのはNG?
A:受診遅れで悪化し、結果的に費用が膨らむことが少なくありません。頻度や内容は医師と相談して最適化しましょう。
Q8:腎臓病はうつりますか?
A:慢性腎臓病は感染症ではありません。家族内の他の猫に直接うつる病気ではないと考えられています。
Q9:自宅でできる観察ポイントは?
A:飲水量・トイレ回数・食欲・体重・被毛・口臭・嘔吐回数。小さな変化の積み重ねが早期発見につながります。
Q10:保険は入った方が得?
A:家計・年齢・既往歴・プランの条件次第です。慢性疾患の補償範囲、自己負担割合、更新時の条件をよく確認し、**「加入前に発症していないか」**が重要な判断ポイントになります。
まとめ
猫の慢性腎臓病は、早期発見・適切な治療・在宅ケアの工夫で進行を緩やかにでき、QOLの維持が期待できます。費用は食事・投薬・点滴・検査・入院の組み合わせで大きく振れますが、早期からの管理ほど年間コストを抑えやすい傾向です。保険は補償条件がプランごとに異なるため、加入タイミングや補償範囲を約款で必ず確認しましょう。日々の小さな変化に目を配り、疑問や不安は主治医と遠慮なく共有することが、猫と長く穏やかに暮らす最短ルートです。
